7月31日〜8月2日まで、ブレイズデル展示ホールで行われた「サーフ&ミュージック・エキスポ」へ行ってきました。
このイベントは、伝説のサーファー「エディ・アイカウ」の弟、クライド・アイカウがサーフのプロデューサー。ミュージックのほうは、プロのミュージシャンとして活躍していたアル・シンバホン。この2人の夢が実現し、イベントの公開につながりました。
まず最初に、有名なロングボーダーのチャイナ・ウエムラさんがブースにいらっしゃいました。 植村さんは現在でもいろいろなサーフコンテスト、イベントを催しています。

チャイナ・ウエムラのロングボード

サウスショアロングボーダーのチャイナ・ウエムラさん
展示ホールの奥には、伝説のサーファー、そしてノースショアのワイメアでライフガードをしていた「エディ・アイカウ」のミュージアムがありました。彼の私物、また各年代別にサーフボードを展示。素材も作り方も異なります。
まず、下の写真の一番左の白いボード。これは、1700~1800年代に作られた"OLO"(オロ)と呼ばれるボードで、長さが14'~24'、厚さは4"~6"。コアやウィリウィリの木から作られました。最も有名な"OLO"ボードはビショップ博物館に保存されており、当時ハイランクのチーフであったアブナー・パキが所有、乗ったボードです。

古代ハワイではサーフィンは王族たちの高尚なスポーツだった
"Olo"(オロ)と呼ばれた古代ハワイのサーフボード
その右の"DUKE"と書かれたボード。1900年代のサーフボード"Alaia"(アライア)は、一般人が使ったボードで、長さは5~8フィートでした。古代ハワイアンが使用したボードは、20世紀初期にビーチボーイズが乗っていた大きな、重い木で作られたボードであったと思われています。しかし実際は、現代の基準からすると厚さも1/2"~3/4"と薄く、ショートボードでした。またボディボードとして用いられたこともありました。

"Alaia"(アライア)ボードは一般人のボードだった
右から2番目のボードです。1930年代に新しい技術が用いられました。トム・ブレイクはボードを軽くするために、木に多くの穴をあけ、体積を減らしました。1931年には薄い木材・ベニヤ板で覆われた横部材を使用したデザインを開発。これは、従来の重さの約半分になり、なおかつ頑丈さを保持しています。
トム・ブレイクは、現在使われている耐水性のカメラハウジングを開発した人でもあります。

1930年代にはかなりボードの軽量化がすすんだ
エディ・アイカウに関する展示コーナーです。彼の写真、サーフボード、「デューク・カハナモク・サーフィンクラッシック」のトロフィーなどのパーソナルコレクションも見られます。
また、60年代〜現在までのボードも展示しています。

エディ・アイカウ個人の所持品

エディの写真

1960~70年代のサーフボード
1980~90年代のサーフボード

2000年〜現在のボード

現代のライフガードが人命救助の際に使うジェットスキー

デューク・カハナモクの展示コーナーも
次にミュージックのご紹介。初日だったので、とくにステージでは行われていませんでしたが、FMラジオのSTAR 101.9がライブ放送をしていました。

センターステージ

STAR 101.9のDJ

奥ではヒップホップで回すDJが

TANGIのウクレレ

ギター。花柄がかわいい
またエディのTシャツ、バスソルトやソープ、そして石けんも販売。そしてティキなどの工芸品を掘るデモンストレーションも行っていました。
いかがでしたか?今回は初日に行ったたため、残念ながらミュージックイベントを見ることができませんでした。しかしサーフィンのレジェンド「エディ・アイカウ」のミュージアムや、年代ごとに進化して行ったサーフボードを見たりと、大変貴重な体験をさせていただきました。
また来年もぜひ行きたいと思います。